卒園式が近づいていた。
その日、みんなは舞台の上で出し物のリハーサル。少し本番に似せた雰囲気に、なんだか私の体はずっと緊張していた。
朝から、トイレに行きたかった。でも、言えなかった。
言ったら迷惑かな。
怒られるかな。
空気、壊しちゃうかもな…。
そんなふうに勝手に想像して、飲み込んだ。
子どもって、案外、周りを見てる。
見すぎるくらいに。
限界がきたのは、ほんの数分後だった。
じわじわ…と広がる足元のぬくもり。
それがすーっと冷えていきそうな時、心の中で、静かに叫んでいた。
ああ、終わった。。。。。。。。
祈るように黙っていたけれど、案の定、そんな気持ちはおかまいなしに、クラスで一番大きな声の女の子が叫んだ。
「エリちゃん、おしっこしちゃってるー!!」
その瞬間、教室の空気が変わった。笑い声がどっと押し寄せてきて、私は何も言えずに、ただ立ち尽くしていた。
舞台の上に、ぽつんと一人。
まるで、“見られてはいけない私”を、全員に見せられているみたいだった。あでも、一番こたえたのは、そのあと。
先生が言った。「あら、エリちゃん、着替えてきなさい」
それだけ。
それ以上もそれ以下も、なかった。慰めの言葉も、笑い飛ばしてくれる優しさもなく、ただ、事務的な処理のように、私は、トラブル として片づけられた気がした。
今なら、わかる。先生も忙しかったんだ。
大勢の子を抱えて、毎日バタバタ。
おしっこのひとつやふたつ、日常茶飯事だったのかもしれない。
でも、その時の私には、そんな余白はなかった。
ただ一人で、笑われて、そして「なかったこと」にされた。私の中に、ひとつのラベルが貼られた。
“わたしは、ダメな子”
誰もそう言わなかったけど、私はそう思ってしまった。思ってしまったことを、誰も否定してくれなかったから。
それから私は、自分の中で“ダメな子”として生きる準備を始めた。
うまくいかなかったときに、「やっぱりね」と思うようになったのは、この日からだったと思う。
あの日の私は、恥ずかしいんじゃなくて、ただ、ちょっと傷ついていただけだった。
世界が急に冷たくなったような、そんな気がしていたんだと思う。
でも本当は、誰にも責められるようなことなんて、なにひとつしてなかった。
“ダメな子”なんかじゃなかったんだよね。
ただの、ちょっとおしっこ漏らしちゃった5歳だっただけ。
いまなら、それを笑って言えるし、「そんな日もあるよね」って、ちょっと肩をすくめられる。
そしてなにより、ちゃんと生きて、ちゃんとここにいる。
それだけで、もう充分だな。
今日のイラスト おむらしえっちゃん。

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