色眼鏡のはじまり

ピカピカの一年生になった春、私は彼女と同じクラスになった。
あまり人と深く関われないタイプだった私にとって、彼女は不思議な存在だった。
どこか自分と似た空気をまとっていて、気がつけば、ふたりで一緒に下校したり、小さなことで笑ったりしていた。

そんなある日、彼女のおうちに遊びに行った。
私が住んでいた分譲地は、どの家も明るくて、どこか「ちゃんと整っている感じ」がしていたけど、彼女の家はその中でもぽつんと、少し違う雰囲気だった。

小さな木造の家。日当たりは悪くて、玄関から一歩入るとひんやりとした空気が漂っていた。
靴を脱いで上がると、すぐに和室があり、その奥に仏壇があった。
そこには、遺影と思われる男性の写真が静かに飾られていた。
キッチンも狭くて古びていたけれど、整理されていて、小さなお皿に盛られた手作りのおやつがテーブルに並んでいた。

静かで、あたたかいような、でもどこか胸の奥がざわつくような、そんな空間だった。
言葉ではうまく説明できなかったけれど、私はあの時、何かを感じていた。

その「何か」はずっと私の中に残っていて、今も形にはできないけれど、たしかに私の感受性のどこかを揺らしていたと思う。

学校では、彼女は少し浮いていて、いつも一人でいることが多くて、時にはからかわれたりもしていた。
私はそんな様子を見ていながら、なにもできなかった。
そして気づけば、「彼女とばかり仲良くしていたら、自分まで浮いてしまうかもしれない」と思いはじめていた。

彼女と過ごす時間は楽しかった。ほんとうに。
でも、私は周りの目を気にしてしまって、次第に彼女と距離をとるようになってしまった。
無意識に、自分を守るほうを選んでしまったんだと思う。

そんなある日、彼女が引っ越すことになった。
バス停まで見送りに行ったあの日、彼女はお母さんと手をつないで、バスに乗り込んでいった。
小さな背中が見えなくなるまで、私はずっと見ていた。

その後ろ姿を見たとき、胸がぎゅっと締めつけられた。
もっと優しくしたかった。もっとちゃんと、仲良くしたかった。
でも、私は自分の居場所を守るために、彼女を遠ざけてしまった。

あの頃からだと思う。
私は、ものごとをまっすぐに見るのではなく、「どう見られるか」で判断するようになった。
世界を、ほんの少し色のついたメガネ越しに見るようになっていった。

それが、私の、色眼鏡のはじまり、だったのかもしれない。

本日のイラスト  江ノ電バスこれでも後ろ姿

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