誕生日に八事霊園に行ってきた。

54才になった。

今年の誕生日は過去一のお祝い欲求で
自分で自分へのプレゼントを土日休みにした。
土日連続で休むなんて夢のようなのは
サービス業を商いにしているからであります。

どこ行こっかな〜で思い浮かんだのが
八事霊園。

宗派や作法も正直よく分からない。
なんなら、お墓に行かなくても思いを馳せれば届くと信じている派なんだけど

お墓の前に行き、お花を手向けて、きれいにして
お線香に火をつけて、炎と煙からくる香りを感じて
ずらっと並んだお墓と空を見てると
理由は説明できないけど
すーっつと静かになって気が晴れるというか
ただただ、気持ちが良くて、戻った感覚になれる。

ちょうどその日はWBCの準々決勝だったから
ご先祖さまと一緒に観戦した。
おじいちゃん、野球好き??とか思いながら。。

小さい頃からずっと、しんどかった。
大人になっても、出来事も感情も濃くて
うまく流せないから苦しくて。
だから何かヒントが欲しくて
自己啓発系の書籍を読んだりしてた。
で、その延長でスピリチュアル系にも触れた。

あの頃、救われたかったんだと思うわ。
少しでも軽くなりたかったし、
意味も知りたかったし。
でも今は、スピリチュアル系の捉え方は
反吐が出そうなくらいで
アレルギー反応起こすほど、
嫌で、体が拒否する。

きれいで心地よい言葉とか捉え方なのだろうけど
どこか、現実から離れていく感じがして
逆にしんどくなる。何かに委ねるとか
見えない力に意味を預けるとか
視えるとか。

やってみたけど、ちゃんちゃら、
違うことになった。

視えるってごめんだけど、本当に視える人がいたとしても、私が接した視えるという人の話って、???だったし
それ、あなたの妄想劇だし、雰囲気から生み出した物語をそれっぽく語ってるだけだと思ってしまう。

そんなんゆうたら、私だって視えるしな。

それをお金と交換して、半分脅すような物語作って。それをそのまま鵜呑みにして信じて自分の人生なのに、他に人生預けるみたいな構造に違和感、感じたんだよね。

そうじゃなくて、特別な力とか、何かの法則とかじゃなくて
人は、生きて、死んでいく。

その間に
笑ったり、苦しんだり、愛したりしてさ。

お墓にはそれらがちゃんと残ってるのを感じられる。
だから、変に意味をつけなくていいから
色々な事を、ただ、感じてながら生きていたいなと思うようになった。

しんどい日もあるし、どうしようもなくなる日もあるけどそれも含めて私の人生なんだよな。

見えないものや死や知らないことって
どうにでも捉えられることができるね。

お墓参りって、沢山のことを
言葉を超えて体感できる気もする。

ご先祖さま。ありがとう。

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